3.11をきっかけに東電を辞めてオーボエ吹きになった女_佐藤美香

オーボエ奏者佐藤美香ヒト

2011年3月11日の東日本大震災からまもなく9年が経とうとしています。今回取材させていただいた佐藤さんは、当時群馬県内で働いていましたが、震災後は東京で被災者の方の補償業務に当たる部署に異動されました。

被災した方のお力になりたい。その一心だけで働いていたそうですが、そこで待っていたのは、極めて異常な企業対人・人対人の様々な思惑のぶつかり合い。

その中で、会社が求めている結果と自分がやりたいと思っていることのズレに苦悶し、精神的にも肉体的にも極限の状態に追い込まれます。そんな自分を癒やし、感動を与え、救ってくれたのが音楽とオーボエだったそうです。

自分が救われたように、このオーボエで救われる人が他にもいるかもしれないと考え退職。音楽の力で傷ついた人たちを救うオーボエ吹きになるまでについて、学生時代からお話を聞いてきました。

じゃんけんに負けてよかったです。

現在オーボエ奏者としてソロで活動されていますが、オーボエを吹き始めたのはいつ頃からですか?

佐藤さん:中学に入学して吹奏楽部に入部したときにオーボエの担当になったのが最初です。本当はフルートに憧れて入部しました。ただ、人気のある楽器のためじゃんけんで決めることになり、負けてしまいオーボエになりました。

オーボエ?って感じでしたが、先輩が吹くオーボエの音色が優しくて素敵で、しかも人柄もよくいろいろと教えていただけたことが、続けられた理由の1つです。

先輩たちが卒業するときに変えようとは思わなかったんですか?

佐藤さん:全然思わなかったです。決まったものを卒業まで続けるもんだと。変えるという選択肢は当時はなかったですね。それとオーボエを楽しく感じていたので。

高校でもオーボエを選びました。高校では音楽のスキルよりも、人として大切なことを教えていただきました。人としてちゃんとしている人の音のほうが、聴いて下さる方にも良い音に聞こえるというのもあり、本当に厳しい指導でした。社会に出てとても大切なことだったんだとより実感しました。

具体的にはどんなところで実感しましたか?

佐藤さん:高卒で就職したのですが、他の新入社員と比較されたときに、自分が当たり前と思っていたことが、働き出してから覚えることなんだと感じることが多くありました。

でも、本当に基本的なことなんですよ。あいさつは大きな声で自分からとか、靴は揃えるとか、5分前行動とか、そんなところです。学生時代はみんな当たり前にやっているのでそれが普通でしたが、社会に出て普通じゃないんだと知りました。

ソロのオーボエ奏者になるとは思ってませんでした。

やっぱり続けます。

就職してからはどのような音楽活動をされたんですか?

佐藤さん :実はオーボエは高校までと決めてました。そこまで真剣に追求しようと考えてなかったですし、非常に高価な楽器なこともあり、続けることは考えてなかったです。

考えてなかったんですが、就職して少し経ち付き添いで前橋市民吹奏楽団の見学に行ったときに「やっぱりいいなぁ」って思い、ローンを組めばオーボエを購入できると考えて、入団しちゃいました。

まさかの展開ですね。

佐藤さん :高校の時は卒業後にピアノの調律師になりたくて進学も考えたり、趣味で好きなピアノが続けられればいいかなくらいな気持ちでした。それでも吹奏楽で音楽を楽しみたいと思いました。

本気でやってみたくなりました

オーボエを多くの人に知ってほしい。

どんなライフスタイルでしたか?

佐藤さん :週に1回の練習で本番前になると回数を増やして、年1,2回の定期演奏会と吹奏楽コンクールやボランティア演奏などを行っていました。

数年は仕事も音楽も楽しくやることができました。そんな中、仕事やプライベートでうまくいかないことが続き、自分に自信が持てなくなったことがありました。悔しさとか、孤独感、寂しさや悲しさ。そんな感情に日々包まれて苦しくなりました。

そんなとき救ってくれたのがやっぱり音楽だったんです。寄り添ってくれる感じがしてすごく救われました。「趣味ながらもトップになりたい」って漠然と考えるようになりました。自分の中でこれだ!って思えるものを持ちたい、自信をつけたい、それにはやっぱり音楽だし、ずっとやってきたけどオーボエにはまだまだ伸びしろがあると感じて本気て取り組んでみようと決めました。

本気になってからはどんなところに変化が現れましたか?

佐藤さん :私は本当に会社に恵まれていました。私でもできる仕事で時間も定時、休みも多いのに給料も他よりいい。その状態に、他の楽団のメンバーと比べたときに違和感というか、いいのかなという罪悪感に近いものを感じてました。

それを、全部音楽に使ってみようと。今までなら帰宅後に時間があっても練習することは少なかったのですが、毎日必ず、たとえ30分でも吹くようにしました。とにかく基礎から徹底的に。また、個別でレッスンにも通いだしました。課題もありましたが、とにかく毎日吹くことを心がけました。それまでは気にしていなかった部分に目を向けて吹くことで、オーボエの魅力をどんどん感じるようになりました。

急激な変化にいろいろ対応できないところはなかったですか?

佐藤さん :気を抜くと、孤独感や寂しさに潰されそうな気がして、そういうのを出さないためにも詰め込んでたので、逆によかったと思います。

本当にやりたいこと

海外でも演奏する機会に恵まれました。

震災が起きてすぐに会社を辞めて音楽家としての道を歩み始めたのですか?

佐藤さん :会社を辞めたのは震災から約1年後でした。震災後は東京の部署に異動することになり、被災者の方の補償業務を担当することになりました。ご想像の通りですが、非常に難しい対応もあり、なかなかうまく物事が進まないことが多くありました。

それでも私自身としては、とにかく被災した方のお力になりたい。その一心だけで働いていた期間でした。群馬から通っていたこともあり精神的にも肉体的にもかなり極限の状況になっていたと思います。

ある日深夜に帰宅しシャワーを浴び髪を乾かしていた時に、いきなり涙が溢れてきました。限界が近づいていたんだと思いますが、まったく自分では気づいてなかったんです。その数日後、帰宅中に余震で電車が止まり、すごい恐怖感に襲われました。心配した親がタイミングよく電話をくれてそこで怖くて泣きだしたのを覚えています。

本当に限界だったんですね。それでも仕事を続けたんですか?

佐藤さん :東京に異動して被災者の方のお力になると決めていたので、まだまだできていないと考えていました。ただ、会社が求めている結果と自分がやりたいと感じていることにギャップというかズレも感じていて、ここにいては本当の意味で被災者の方たちの力になれないのかもと考えていたのも事実です。

異動後は楽団の仲間、友達、そして親ともほとんど連絡を取ることができなかったんです。取らないようにしていたというほうが正しいかもしれません。もちろんオーボエを吹く時間なんて1秒もありませんでしたし、そんな時間を作ってはダメだと思ってました。

2011年の年末に、楽団の仲間からとにかく1曲でいいから吹いてみろと言われました。最初は断ったのですが、半ば強制的に吹くことになりました。その時、私自身が音楽に癒され、感動し、救われた、そう感じました。

「私がやりたいことはこれだ。音楽の力で傷ついた人を救いたい

これが私にとっての辞める理由になりました。業務の特性上すぐに辞めることはできないし、社会人として最低限の引継ぎやけじめはつけたかったので、2012年6月まで働き、音楽を仕事にしていこうと決めました。

あの時、無意識に出た「私がんばったよね」という言葉。頑張っているかどうか決めるのは自分ではなく他者ということはわかっています。限界まで自分のできることをやり切ったと、これ以上続けたら私が壊れてしまう。そう感じた私の中の何かが、代わりに言ってくれた言葉だと思っています。

人間て折れてもいいんだなって、はじめて感じました。

心に寄り添う音楽を

みなさんにも楽しんでいただけるように心がけています。

会社を辞めてからはどんな活動をされていますか?

佐藤さん :前橋市民吹奏楽団にも辞めることを伝え、プロとしてやっていくことにしました。オーボエは1人で曲を奏でることはできないので、まずはアンサンブルを組みました。フルート・クラリネット・ハープ・バスクラリネットのメンバーと4年ほど活動し、その後1年は声楽の方たちと組み、2019年にソロになりました。

オーボエ1人では難しいのにソロを決めた理由はありますか?

佐藤さん :2019年を迎える年末年始に、今まで溜まっていたいろいろな想いを開放したいと思い、イギリスに1人旅をしたんです。ガイドブックを見ていたら建物とか教会とか、そういったものに惹かれて、言葉もわからないし知り合いもいないのに、気づいたら飛行機に乗ってました。

なにもわからない中に身を置けば、新しい自分が出てくるかなと考えていました。結果的に、ソロになるという決断をするための大切な時間になりました。

アンサンブルって個々のレベルが高く、その中で自分の音楽が出せないと成り立たないので、今の自分に必要なのは、自分自身がもっと力をつけること、そのためにはソロになってやるしかないと考えました。

最後に、今後について教えてください。

佐藤さん :オーボエの音色は癒しを与えることができると信じています。私はこの音に救われました。だから次は、私がオーボエで傷ついた人を救いたいと考えています。

そのための1つのやり方として、みなさんが知っている曲にオーボエを乗せるような形で演奏をしていきます。例えばサラ・ブライトマンのTime To Say Goodbyeの音源にオーボエを合わせます。

(実際に聴かせていただきました。知っている曲ということもあり、オーボエを知らない人でも、その音色を楽しめると感じました。)

音楽の力っていろいろな形があると思います。オーボエが相乗効果になるように、心に寄り添う音楽を作っていきたいと考えています。

オーボエ奏者 佐藤美香さんへのコンタクト

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演奏情報

オーボエの音浴時間 Heartと繋がる音楽会

きっちゃこでの音楽会
WABIKA高崎スタジオでの音楽会

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